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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5221号 判決 1969年8月13日

原告

長谷川明

ほか三名

被告

東京昆布海藻株式会社

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求の趣旨

一、被告らは連帯して原告長谷川明に対し一四万〇一九八円、原告金子進に対し一七万四三二六円、原告昭和工業株式会社に対し七万六一八〇円、原告鈴木藤夫に対し二万五、〇〇〇円およびこれらに対する昭和四三年二月一六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一、(事故の発生)

二、原告長谷川、同金子、同鈴木は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

なお、この際原告会社はその所有に属する被害車を損壊された。

(一)  発生時 昭和四三年二月一六日午後四時一〇分頃

(二)  発生地 東京都新宿区若葉町一丁目二番地先交差点

(三)  加害車 小型乗用自動車(足立四め四九二〇号)

運転者 被告橋田

(四)  被害車 小型乗用車(練四ろ五二二三号)

運転者 原告長谷川

同乗者 原告金子、同鈴木

(五)  態様 被害車と加害車が出会頭に衝突した。

(六)  原告長谷川、同金子、同鈴木の傷害の部位程度は、次のとおりである。

原告長谷川――入院二日間、安静加療約二週間を要する腹部打撲

原告金子――入院三日間、通院加療約二週間を要する両側胸挫傷、左大腿部挫傷

原告鈴木――休養二日間を要する怪我

二、(責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責任がある。

(一)  被告会社は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、人身損害につき自賠法三条による責任。

(二)  被告会社は、被告橋田を使用し、同人が同被告の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、物的損害につき民法七一五条一項による責任。

(三)  被告橋田は、事故発生につき、次のような信号無視、制限速度違反、前方不注視の過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

被害車は、本件交差点に差し掛つたとき、対面する信号機が赤色を表示していたので、片側二車線中第二車線の先頭に一旦停止した。そのとき、第一車線の車は、左折指示の信号表示に従つて左折していた。被害車は、直進信号が青色を表示するとき同時に発進し、交差点の中央部附近で左方二〇メートル先に加害車が近づいてくるのを発見したが、その対面する信号機の赤色の表示に従つて停止するものと思い、進行を続けたところ、加害車が、制限速度を超える七〇キロメートルの速度でそのまま交差点に進入したため、被害車が交差点を渡りきろうとしたあたりで被害車の左前部と加害車の右側部分が衝突するに至つた。

三、(損害)

(一)  治療費等

1 原告長谷川の入院治療費および看護費 二万〇一九八円

2 原告金子の入院治療費および看護費 三万四三二六円

3 原告鈴木の治療費 五〇〇〇円

(二)  休業損害

原告長谷川、同金子は、右治療に伴い、次のような休業を余儀なくされそれぞれ二万円の損害を蒙つた。

(休業期間)いずれも約一〇日間

(事故時の月日収)いずれも五万円

(三)  原告長谷川、同金子、同鈴木の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み原告長谷川に対し一〇万円、原告金子に対し一二万円、原告鈴木に対し二万円が相当である。

(四)  物損

原告会社の本件事故による損害は、被害車の修理費相当七万六一八〇円である。

四、(結論)

よつて、被告らに対し、原告長谷川は一四万〇一九八円、原告金子は一七万四三二六円、原告会社は七万六一八〇円、原告鈴木は二万五〇〇〇円およびこれに対する事故発生の日である昭和四三年二月一六日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告らの事実主張

一、(請求原因に対する認否)

第一項中傷害および損壊の点は知らないが、その余は認める。

第二項中被告橋田の過失の点を否認し、その余は認める。

第三項は知らない。

二、(事故態様に関する主張)

加害車が時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点に差し掛つたとき、対面する信号機は青色を表示し、右方の被害車の進行道路中第一車線の車が左折を開始したところであつた。そこで、加害車が同一速度で交差点に進入せんとしたところ、被害車が信号を無視して直進を開始するのを発見した。加害車は、ブレーキをかけながら被害車の動向を注視したところ、一旦停止しかけたので、そのまま交差点に進入した。ところが、被害車が急に速度をあけて交差点中央に進入して来たため、直ちに警笛を吹鳴しながらハンドルを左にきつて急ブレーキをかけ、運転者として尽すべき万全の措置を講じたが、結局加害車の右前部が被害車の左前部に衝突するに至つた。

三、(抗弁)

(一)  免責

右のとおりであつて、被告橋田には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに原告長谷川の過失によるものである。また、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたし、加害車には構造の缺陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

かりに然らずとするも事故発生については原告長谷川の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

第五抗弁事実に対する原告らの認否

いずれも否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

一(事故の発生)

原告ら主張の日時、場所において被害車と加害車が出会頭に衝突したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、右事故により原告長谷川、同金子、同鈴木が傷害を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二(責任原因)

(一)  被告会社が加害車を所有し自己のために運行の用に供していたこと、被告橋田を使用し、同被告が被告会社の業務を執行中本件事故を発生させたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告橋田の過失の有無について検討する。

1  信号無視の過失について

(1)  〔証拠略〕によれば、次のような事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

本件交差点は、加害車の進行していた片側二車線の直線道路に、被害車の進行してきた同車線の道路と被害車が進行しようとした。幅員の狭い道路とが、くの字型に交差する変型十字型交差点である。加害車の進行道路は本件交差点の手前一〇〇メートルあたりまで上り坂になつており、右地点で本件交差点の視界が開ける五〇メートル位手前から被害車の進行道路の停止線附近が見透せる。ところで、本件交差点には信号機が設けられ、被害車の対面する信号機(以下A信号機という。)が赤色のみを表示している間(約四〇秒間)、加害車の対面する信号機(以下B信号機という。)は青色を表示し、A信号機が赤色と左折車〝進め〟の青矢印を同時に表示している間(約二〇秒間)に、B信号機の表示は青色(約一七秒間)から黄色(約三秒間)にかわり、ついでA信号機の表示が青色に、B信号機の表示が赤色に同時にかわる。そして、加害車の対向車が対面する信号機は、A信号機が赤色のみを表示する約四〇秒間、青色を表示し、A信号機の青矢印がつくと同時に黄色(約三秒間)にかわり、ついで赤色にかわる。

事故当時、道路上には残雪があり、本件交差点の交通量は少なかつた。被害車は、A信号機の赤色の表示に従つて第二車線の先頭に一旦停止した後、低速で本件交差点に進入した。被害車が停止したとき、第一車線には二、三台の車両が左折を待機していた。一方、後車輪にチエーンを巻いた加害車は時速約四〇キロメートルの速度で本件交差点に進入した(原告長谷川本人の供述中加害車の速度に関する部分は、特段の根拠があるわけではないから採用しない。)。そして、それぞれの停止線から同程度進行した地点で、左に傾斜して滑走した加害車の右前部と右交差道路に進入するため右にハンドルをきつた状態の被害車の左前部が衝突した。

(2)  ところで、原告らは被告橋田に信号無視の過失があつたと主張し、〔証拠略〕中には右主張にそう部分がある。しかし、右供述は、他の認定事実に照らし、信用することができない。けだし、被害車が発進後衝突地点に達するまでには少なくとも二~三秒を要するであろうから、右供述のとおりとすれば、B信号機の表示が青色から黄色にかわつた時、加害車は本件交差点の手前四~五〇メートル附近を走行していたこととならねばならぬが、右供述によるも、既に加害車の前方に信号待している車両があつたとされていることや道路および車両の走行上の悪条件等を考え合せると、加害車が赤信号を無視して交差点に進入する可能性は小さいといわざるを得ないし、更に本件の場合は、被告橋田の信号無視と原告長谷川の信号無視が二者択一の関係にあり、被告橋田が信号を無視する右の可能性に比べて、停止中に本件交差点の交通状況を見とどけた原告長谷川が、交通量の少ないことから、A信号機の表示の変化とともに左折車が発進し、加害車の対向車が停止したことに誘発されて直進を開始した可能性の方がはるかに大きいといえるのである。結局右供述は採用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  その他の過失について

原告らは、被告橋田に制限時速違反および前方不注視の過失があつたと主張するが、〔証拠略〕中加害車の時速に関する部分を採用しないことは右のとおりであり、他に被告橋田の過失を認めるに足りる証拠はなにもない。

(三)  以上の理由により、原告らの被告橋田に対する本訴請求および原告会社の被告会社に対する本訴請求は、その他の点を判断するまでもなく失当である。

三(免責)

(一)  〔証拠略〕によれば、被告車はA信号機が赤色および左折可の青矢印を表示し、右左折車が左折を開始した直後に本件交差点に進入したもので、原告長谷川には信号無視の過失があつたこと、被告橋田は、B信号機の青信号の表示に従つて本件交差点に進入せんとした時、被害車が発進したのを発見し、クラクションを鳴らすとともにブレーキをかけるなど信号に従つて交差点を通過せんとする者として事故の発生を防止するために必要にして十分な措置を講じたもので同被告には運転上の過失がなかつたことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕を採用しないことは前記のとおりであり、他にこれに反する証拠はない。また、〔証拠略〕によれば、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたこと、加害車には構造の缺陥も機能の障害もなかつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  以上の理由により、被告会社主張の右抗弁は理由があり、原告会社を除くその余の原告らの被告会社に対する本訴請求も、その他の点を判断するまでもなく失当である。

四(結論)

よつて、原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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